2008年5月12日 (月)

面白いことは身近にこそある。

広島へ仕事に行った土産に出来上がりのレトルトの広島焼きが売り切れてたので<広島焼き材料セット>を買って帰った。

というのも何ヶ月か前にお好み焼きを作ろうとなったが嫁が作ろうとするのは予め生地とキャベツなどをグチャグチャに混ぜてから鉄板で焼く大阪のお好み焼き。その焼き方も知っているが私の実家は先に薄く生地を丸くひいてから鰹節、キャベツという広島焼きのようなものであったから、そういう焼き方があると言うと「そっちを食べてみたい。」と言う。材料はあったがお好み焼きに必要な大きさの鉄板がないのでフライパンで。コテがないので先があまり平べったくないプラスチックのコテのような物。ひっくり返したのは不細工にはなったが味は良かった。

で、今日の再度挑戦の広島焼きーそばと卵も入れた大阪では<モダン焼き>になるのが本来の広島焼き。ビールを飲んで焼くモードに入ったが肝心の大きな鉄板がない!コテ(2つ)もない!!

実家の母にホットプレートを借りに行くと母は電話中。「ええ?そんな向こうにまで回ってわかめなんか買いに行かへんと言うてるのに・・・。何回も言うてるだろ。」どうやら次女の君ちゃんのようだ。「おかぁちゃん。電話中ごめんやけど、ホットプレート貸してくれへん?」とようやく伝えると「ええ?はい。わかった。」と私に。すぐに受話器へ「お前とそんなに話してる場合とちゃうねん。」「え?!」「勝がな<ホットブラザー>を借りに来とんねん。」が私に聞こえる姉への返事。「そやから、わかめは買えへんと言うてんのに・・・。ほんまに。」とまだ続きます。「今、勝に<ホットブラザー>を出したらなあかんと言うてんのにわからんのじゃなぁ。」「なにが<ストレート>が溜まるやねん?!」「こっちかってな<ストレート>溜まってしゃあないわ!なんもな、お前だけが<ストレート>溜まるんと違うわ!!」お互いが気に病んでる<ストレート>は<ストレス>である。面白いように間違える。

と途中からのしかも一方的な電話内容であったがかなり面白かった。母曰く「もう、お君は訳のわからん話やねん・・・。」とへらへらしてる小言が流石でありました。

                 コメントとクリックよろしくね。

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2008年4月10日 (木)

<小さな幸せ>中断します。いただきましたよん。

私達ティーアップは第43回上方漫才大賞をいただきました。4年前からNGKという私達が思う寄席の聖地で<漫才攻め>と名を打つイベントを毎年やり続けようやくいただくことが出来ました。イベントに足を運んでくださったファンの方々、HPやブログにコメントしていただいた方々、応援していただきありがとうございました。内定の一報をマネージャーからの留守電で聞いたとき「やったー!獲った!!」と思わず声に出てしまいました。

その約20分後に(今まで仕事にうち込むことなくいい加減なことして・・・。周りにも迷惑かけてたのに・・・。)と思いかえすとこみ上げるものがあり、鈍い私は感謝で気持ちが動いたのも初めての経験でありました。

諸先輩方や後輩達、身内、友人、仕事先で会う方々、守衛のおっちゃんから喫茶店の出前のおばちゃんにまで「おめでとう。」と声をかけていただきました。

これからはより漫才師としてのプロという自覚を持ち慢心することなく同業者や関係者からも一目置かれるような<芸人>になれるよう精進してまいります。

                  本当にありがとうございました。

      

                   また次の目標へむかいます。

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2008年3月19日 (水)

小さな幸せ2

実家に置いてきたPちゃんの続き。雄がいないのに卵を産んだが・・・。それは無性卵でいくら母親となったPちゃんが愛情を注ぎ温めてもあの小さい体で生んだ4つもの卵がかえることはない。かといって「もう、温めるのやめとき。」と言い聞かせることも当然できないし・・・。インコを飼っていた嫁に訊くと「かわいそうやけど、なるべく卵を早くほってあげないと卵を温めるのに頑張って餌も食べへんようになって、Pちゃんの体力も弱ってまうよ。」の答え。 

Pちゃんを飼うきっかけとなった姉にも話してみると「そうやなぁ・・・。でも卵を取ったったら気がふれたみたいに探すらしいけどなぁ。 しゃぁないなぁ・・・。」母は私が何を伝えても「ほう。」であるとか「・・・そうかいな。」のようなリアクション。私に全てを任せてるんであろうか?

初めて生んだ卵で一生懸命温めてるのをすぐに取るのはかわいそうなので4、5日はそのままにしておいてあげようと母にも納得をしてもらった。が、その卵をどう取るのか?その取り上げた卵を籠の掃除のついでに捨ててしまうのか?何を考えてもわいそうである。気にして出した私の結果は子供の頃に飼った動物が死んでしまった時のように夜中に人知れず公園に埋めてあげようであった。子供の頃といってもさすがにキャンデーの棒に00の墓とは書かないが・・・。

                  つづきますよん。m(__)m。

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2008年3月12日 (水)

小さな幸せ。

前の更新からかなりの御無沙汰で、その間色々とあり何から書き始めていいのかわかりません。コメント入れていただいた方々。今回もまた返せません。ごめんなさい。また返そうと思っていますからコメントお願いしますね。

先ずは去年の暮れにまでさかのぼり(そこからかい!)(の、ツッコミを感じつつ)実家に置いてきた白文鳥のPちゃん。ある日実家に行く用事のついでにPちゃんの籠を覗いてみると小さく丸い消しゴムのような物が・・・。よく見ると卵であった!!先ずは店に行ってる母にTEL。「もしもし。」「はい。はい。」「俺やけどな。」「うん。どないしたん?」「Pの巣の中見た?」「いい~や。巣は見てないな。どうしたん?」「Pが卵産んでるで。」「えぇ~?!ほんまぁ。・・・なんで?」「知らんがな。」「んで、お前見たん?」「見たから電話してんねん。」「ほう・・・。お母さん、そんなん知らんかったわ・・・。Pが・・・へ~何を思てやろな?」「さぁ、雄もおらんのに俺もわからんけど産んどんね。」「へぇ~え。ほんならお母さんも帰ったら早速見てみるわ。」

2,3日後、実家での会話。玄関の鍵を開けると奥から「誰ぇ~?」と母。「俺やがな。Pどない?」と尋ねると「Pは賢いで。卵の向きを変えたりして。え、一生懸命温めとるわ。」「ああ、そう。」「卵の向きを変えたりしてな・・・。満遍なく温めたっとんね。」「やっぱり可愛いやろなぁ、」と会話しつつPちゃんの籠へ行き巣を覗いてみると、巣から飛び出るがまた巣に帰る、今まで見たことのないPちゃん。自然に母親となった小さい白文鳥を見て微笑ましく少しの幸せである。

                  つづきます。コメントとブログランキング

                         お願い。

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2007年7月19日 (木)

報告が遅れました。m(__)m

この前の記事にコメント返せずですみません。更新が先かなと思いまして・・・。ごめんなさいね。

10日前の7月9日に私達は親族、友人、お世話になってる方、諸先輩後輩の承認してもらい人前式を挙げることが出来ました。本当にありがとうございました。世間では結婚式にかける1年間を嫁の頑張りと周りの方々に支えられ3ヶ月で用意をすることが出来ました。で、当日。朝の7時ぐらいに起きた私達。いつものように朝食をすませシャワーを浴びコーヒーを飲んでると「あかん。・・・緊張してきた。」と呟く嫁。「やっぱり、そうなんねや。」と応えた私。「緊張せえへんの?!」と訊かれたがKTVで昼前に放送している「今晩なに食べたい?」のオープニングのように(あなた~。今晩なに食べたい~?)のような感じにしか聞こえないので「ん~?別に~。」とその番組のオープニングのように返した。何かのイベントが始まるようにしか思えなかったんである。少し読めないのが式場の雰囲気。そして、その場でどこまでの洒落があの厳かな会場に列席していただいた方々につうじるかが頭の隅にあった・・・。普通にすませたらあかんし、芸人やし・・・。

で、久々ですが続きま~す。クリックも久しぶりにしてね。

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2007年6月12日 (火)

新婚生活。

約2ヶ月ぶりの更新。バタバタしていました。仕事柄お会いする方々は違うので入籍報道をして頂いてから一月ほど毎日「おめでとう。」の言葉をかけてもらい、私が居る社会にも改めて祝福されてると素直に嬉しかった。皆さん本当に有難う御座いました。

さて、家電は揃ってようやく寝具が届いた日に世間でいう初夜。私は記憶が無くなるほど酔い、知らない間に寝ていた。翌朝、嫁は入籍前の約束通り朝食をつくってくれたが朝一には体が動かない体質なので目覚めた瞬間、(実家に帰りたい~!!)と思ったそうだ。料理には自信があると言ってたように味噌汁や卵焼きは美味しかった。その感想を言うと「本当に?!」と喜んでいる。しかし米である。炊飯器を選ぶ時、「これはカマドで炊いたみたいになるし、全然他のとは違うぐらい美味しく炊けるですよ~。おかゆもイケるし、五穀米も炊けますよ!」とヤマダ電機の社員のような宣伝口調で言っていたのに、出された米は仏さんにまつったご飯のようにガビガビ。「どう?」とまた訊くので「ちょっと硬いな。」と答えると自分も口にし(ほんまのこと言うてよ~。)と目で顔色を窺っている。・・・であるから、「何が五穀米や、おかゆもやねん。飲み込むまでメッチャ噛まなあかんな。」 「ごめんねぇ。明日からは、ちゃんと炊くから・・・」 「慣れてないもんは、しゃあないやん。」と優しく応えた私。

で、翌朝はパンであった。

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2007年4月17日 (火)

天然。私以上の。

2月の後半の日曜日。両家揃ってではないが嫁を母と近所に住む二女の君ちゃんに紹介する為、近くのすし屋「すし萬」で食事。軽い自己紹介みたいなのを済ませて造りの盛り合わせをまず注文してからビールで乾杯。

とりとめのない話をしてると母が嫁に「あのね。私はこの子を(食べ物)好き嫌いのないように育てた・・・。んでね、」と言い終わらないうちに「んな事、言わんでも別にええねん。彼女かって分かってるわいな。・・・多分。・・・『多分』やって。ハハハッ!」と君ちゃん。

造りの盛り合わせをつついて話してると、貝殻にのってる貝が話題に。「これ、なんだろな?」と母。「ホヤ貝っていうのんちゃう?」と君ちゃん。「そうかなぁ。」と私。「わかった。とり貝や。」と母。「なんでやの!とり貝いうたら握りで出てくるヤツやん。」と君ちゃん。「そうそう。」と私。「なぁ!あの噛み切りにくいヤツやんなぁ!ホヤ貝ちゃう?」と君ちゃん。「寿司で貝といえば、とり貝よ。」と母。「造りやいうてんのに。」と君ちゃん。で、その謎の貝の内臓のところらしきものに誰も箸をつけない。母に「あんた、食べえな。」と君ちゃん。「お前が食べ。」と母。「いらんわ。勝くん、食べる?」と君ちゃん。「俺もええわ。」 それから君ちゃんと私が酒をグビグビ飲みだし話が盛り上がってる時にいつの間にか母が誰も箸をつけない貝の例のとこを君ちゃんの醤油が入ってる皿へ。シレ~っと。

まぐろか何かを食べようとした君ちゃん。それを自分の醤油が入ってる皿につけようとした瞬間。さっきまで話題であった物(貝)を発見!「いや!何してんの。知らん間に、この人!ほんまぁ。自分が食べたらええやんか!」とその物体を母の醤油皿へ。「お前が食べ。」とまたそれを君ちゃんの皿に箸で渡す母。「いーらーん。言うてんのに。この人だけは。なぁ!ビックリするやろ?」と大きな声で私と嫁に。それから2、3度貝の押収。結局誰もそれを食べなかった。嫁に感想を聞くと私より面白いのが母と姉2人の3人組であるそうな。

          私を含めた姉2人、母のやり取りはプロから見てもかなりです。

            映像にして売ろうかな?期待もかねてバナークリックしてね。

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2007年4月12日 (木)

「東京タワー」か・・・。

Top04_2「 東京タワー」~オカンとボク、時々オトン~の試写会へ。載せた写真が不細工なことなっていて申し訳ない。

さて内容の方はサブタイトルというか副題で想像していたとおりのものであったが泣いてしまった。何度も。客を笑わせるところも随所にサラッとしていて全体的に押し付けがましくなくよかった。

この試写を観に行くのは前から決まっていたのだが、6日前に母が転倒したと君ちゃんから連絡。私も仕事先なのでどうすることも出来ない。右足膝が腫れてて歩行困難にもかかわらず夜、店を開け自転車にに乗って帰宅。玄関に何時ものような荷物。私も何時ものようにそれらを台所まで運び「コケたん?」と振り返ると壁に手をつきながら歩いてくる。私は凄く心配していたのだが「大丈夫。大丈夫。」と言う。翌日も昼から店を開けると言ってきかない。午後からの診察時間を調べ大きくマジックで書いてあげた。私はNGK出番週であるため母の送迎が出来ない。何度も「タクで行きや。またコケてまうで。」兄が店から病院、実家まで車で送った。診察の結果は右膝のサラが割れギブスで膝を完全に固定。翌日、長女、二女も集まり二人がかりで「店を開ける」と言う母を説得。昨日は私が病院へ送迎。「先、玄関開けとくからゆっくりおいでな。」・・・。自宅斜め前の坂本の叔母ちゃんが前に住んでるおっさんと喋ってる。なかなか角を曲がってこないので見に行くと<かくれんぼ>のように壁に背をつけている。「何してんの?」「今、行ったら『どうしたん?』とか色々訊かれるやん・・・。」と小声で言う。

物心ついた頃から家でもじっとしていない母であった。頑固なところがあり父とよく喧嘩。私達、親子喧嘩もよくあった。私の場合は私が大概悪い。ギブスは取れるけれど歩くのに不自由するのではないか・・・?しんどいリハビリにもちゃんと行ってほしい。更に親孝行を思い知らされた映画であった。

            心配事があっても仕事してお客を笑かしますよん。

                頑張れのバナークリックしてね。

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2007年4月 2日 (月)

思うことは・・・。でも明日。

昨日、浅草でマネージャーから「そういえば明日が独身最後の日ですね。」と言われた。「あっ、ほんまですわ・・・。」と私。

(何しようかなぁ・・・?値段の高い風俗?物入りやしなぁ・・・。朝からヘベレケになるほど酒?)全く健全な発想がない。ただ、いつものような午後。特に感慨深いことはない。

昨日まで実家に帰って来ていた姉(長女)が1週間ほど居る間は私が帰ると家の電気がついていて台所も風呂もピッカピカで、特に風呂掃除をすることなく湯がはってあるのに不思議なゆっくり出来る思いがした。

その姉からのアドバイスのメール。「結婚は我慢と忍耐です。あんたが出ていったら母が寂しい思いをすると思うので、たまには話を聞きに行ってあげてね。」とあった。長女のまゆみさん、二女の君ちゃんからも私が実家を出たら「あんたが末っ子なんやから、おかぁちゃんが寂しいがるで。」と何度も言われたことがある。バブルがはじけた10年前に「家出ようかなぁ。」と母に話すと「そんな世間がバーブルがはじけて騒いでんのに・・・。なんでや・・・。バーブルがな・・・。」 「<バーブル>とちゃうがな。<バブル>やろ?<マーブルチョコレート>はあるけど。」と私。「まぁ、そんなんよ。」と母。

事実今なら児童虐待と言われ兼ねない怒る方法(子供の私がいうことを聞かないので)もあったけれど、怖いが大概優しい母が何年前からか私の舞台を観に来てくれるようになり私が載ってる記事を背を丸め虫眼鏡で読んでいる後姿を見ると切なくなる。たまには母の話も聞き、私が嫁をもらい自分の人生を切り開きるのが親孝行と思う。

            しっかりせよ!それが親孝行であり、お前の守る

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2007年3月27日 (火)

ありがとうございました。でもまだ色々・・・。

たくさんの「おめでとうコメント」ありがとうございました。m(__)m。ヤフーの上位トピックスとでもいいましょうか、それに載っていたのも驚きでしたが(そこから私達のHPへのアクセス出来る)HPへのアクセスが1日で2万5千件もあり、私の「人気ブログランキング」も30位以内に。こんな関西ローカルの中堅漫才師のまだ入籍もしていないのに・・・。スポーツ新聞社各誌、載せていただきありがとうございました。

さて、遡ること約2ヶ月。彼女の実家へ。「緊張してます?」と彼女の質問に「全然。」と応えた。仕事着(スーツ)を着て彼女のご両親へ手土産(時間がないので彼女に頼んであった)持参で、ご挨拶。「本日はお招きいただいき有難うございます。私、吉本興業で<ティーアップ>というコンビの漫才を生業としております前田勝と申します。」「いえいえ。存じております。そんな、ご丁寧にせず、どうぞ・・・。」とおっしゃっていただいたが、あとは覚えていない。お義父さん、お義母さんすみません。私だけが酒を飲めるので1人で出していただいたお寿司を食べ酒を飲み、お話すること1時間半。

「あまり、長居してもご迷惑になると思いますので今日はこの辺りでお暇させていただきます。ご馳走様でした。」と私。「いえいえ。なんのお構いも出来ずに・・・。」すみません。ご両親にかけていただいた言葉を思い出せません。門まで見送っていただき双方、頭をお礼の下げるを当日のラスト。

私がタクを捕まえる所まで付いて来た彼女。何故か不機嫌な様子。「なんや?どないしてん?」「・・・」「なんやねん?」っと自信満々な私。

「一番肝心なこと言ってないでしょ。」 

「あっ!! そうや・・・。」

ちょっとふくれっ面。

「家に着いてから、もう1回電話するわ。携帯やったら車中、電波トブかもわからんから。」タクの中で、向こうのご両親に(何しに来よったんや・・・?寿司食うて酒飲みに来たんか?)と思われてるやろうなぁ。と考えたら自分で自分を笑ってしまった。

家に帰るなり即、電話。お義父さんに出てもらい「お義父さん。まことに申し訳御座いません!私、一番肝心なことを申し上げずに帰ってしまいました・・・。 娘さんを私にください。」 「ふつつかな娘ですがよろしくお願いします。」とお義父さん。お義母さんにかわってもらいOKを。

           あまいな。という方も、それこそが芸人やんけという方も

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